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冬の焙煎のおはなし

私たちは長野と新潟の県境近く、いわゆる雪国で焙煎をしています。
今日もしんしんと雪が降っています。
音を吸い込むような静けさのなかで、
焙煎機だけが、低く息をしています。
焼き上がった豆が外に出た瞬間、
空気の温度が、わずかに動きます。
香りが先に広がり、
遅れて、熱が追いかけてくる。
白い空気の中に、
一瞬だけ、色が差し込むような感覚があります。
本当に感覚的な話ですが、
冬の焙煎では、
豆がしゅっと引き締まるように感じることがあります。
固くなる、というよりも、
輪郭が揃う、というほうが近いかもしれません。
香りも、音も、
余計な揺れが削ぎ落とされて、
一本の線になる。
焙煎の条件は、できるだけ変えません。
豆の量も、火力の目安も、
自分の中では決まっています。
それでも冬は、
毎回、わずかに違う顔を見せます。
ファーストクラックの音が、
いつもより低く、控えめに聞こえたり。
温度の伸びが、
一拍だけ遅れてついてきたり。
記録を見返さなければ、
気づかない程度の差です。
それでも、その小さな違いが、
焼き上がりの表情に、静かに影を落とします。
焙煎は、
豆を思い通りに変える作業というより、
環境との折り合いを探る行為に近いのかもしれません。
冬の空気は、
嘘を許しません。
急がせれば、
その緊張は、そのまま豆に残ります。
だから、少しだけ待つ。
音を聞き、
色を見て、
火を強めすぎない。
コーヒーは、
コーヒーベルトと呼ばれる
赤道直下の強い光の下で生まれます。
湿った空気と、濃い緑に囲まれて育った豆が、
長い距離をわたって、
遠く雪国まで運ばれてくる。
そこで焙煎され、
ふわっと可能性がひらき、
誰かの時間を、静かにつくりあげていく。
その過程を思うと、
運命という言葉が、
少しだけ現実味を帯びて感じられます。
なにかとなにかが、
偶然のように見えながら、
確かにつながっていく連鎖。
豆と火、
土地と温度、
生まれた場所と、
飲まれる場所。
冬の焙煎の時間は、
そうしたつながりを、
いちばん強く意識させてくれます。
しんと冷えた空気の中で、
遠い土地の記憶が、
一度、ここに集まる。
その静かな不思議さを感じられるこの時間を、
私はけっこう、気に入っています。
text by Masuda (Silent Field Coffee – Roaster / Director)
