11g、180ml、2分45秒

コーヒーを淹れるとき、
いつもいつも同じ条件をなぞっています。

豆は11g。
お湯は180ml。
挽き目も変えません。

最初に40mlを注ぎ、
40秒だけ蒸らします。
そのあと80秒かけて、残りの140ml を注ぐ。
2分45秒ほど経ったあたりで、抽出は終わりです。

浅煎りなら88℃。
中煎りなら90℃。
深煎りなら92℃。

ひとつひとつを見ると、
少し細かすぎるようにも見えるかもしれません。
でも、これらは味をコントロールするためというより、
いつも同じ位置に立つための目印のようなものです。

入れ方を固定しておくと、
考えることが減ります。
手順に迷わず、
その場の空気や、自分の状態に
少しだけ意識を割けるようになります。

同じ条件で淹れているはずなのに、
同じ一杯にはなりません。
これはいつも不思議に思います。

今日は蒸らしの間に、
香りがいつもより静かに立ち上がるな、とか。
注ぎ終わったあとの液面が、
少しだけ軽い感じがする、とか。

理由を説明できるほどではないけれど、
「違う」という感覚だけは確かに残ります。

差異が生まれたのではなく、
もともとあったものに、
こちらが気づけるようになった、
というほうが近い気がします。

だから、何もコーヒーでなくてもいいのだと思います。
同じ時間に起きること。
同じ道を歩くこと。
同じ順番で身支度をすること。

ささやかな繰り返しを持つことで、
昨日と今日のわずかなズレが、
視界に入りやすくなります。

定点観測のような習慣は、
変化を起こすためのものではありません。
変化に気づける状態を保つおまじないのようなもの。

繊細な違いに目が留まると、
その一日は、
少しだけ奥行きを持ちはじめます。

特別な出来事がなくても、
何も変わらない日だと思っていても、
わずかな差異に気づけた時点で、
その日の小さな幸福はもう、十分に掬いとれています。

ふといま思い出した国木田独歩さんのエッセイ『武蔵野』。
“武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない”
“頭の上の梢で小鳥が鳴いていたら君の幸福である”

ここ、大好きな一節です。
これも迷わない気持ちの定点座標があるからこそ
感じ取れる幸福なのかも。

11g、180ml、2分45秒。
今日もまた、同じ条件から始めて、
昨日とは少しだけ違う一日を眺めています。

text by Masuda (Silent Field Coffee – Roaster / Director)