どうにもならないことと、時間のこと

なんてことない些細なおはなしを。

今日車の修理に行ったのですが、
とても気持ちよく整備士さんが対応してくれました。
なんか今まで車屋さん苦手だったんです(ごめんなさい)。
全然自分のわからないところで、
あれがまずい、これがまずいで見積もりが出て、
なんだかわからないまま進んでいく。

自分がコントロールできないのがイヤだったのですが、
今回の整備士さんのおかげで、
プロに任せちゃうのっていいなあと思い直しました。
修理後は車内の清掃もしてくれてたりでね。

というわけで、別に意識することもなく、
車屋さんの苦手意識がするっと解決しました。

それで、ああ、世の中のネガティブなことって、
別にどうにかしようとしなくても、
勝手に解決したりするもんなんだなって。
時間が解決してくれるってこういうことかと。

どうにもならないことって、あります。
がんばっても、考えても、
今の自分ではどうにもならないこと。

たとえば、僕の例で言うと髪質。

昔むかし高校生の頃、直毛にあこがれていました。
自分は癖毛で、それがちょっとしたコンプレックスで。

真っ直ぐな髪が、整っている感じがして。
ツンツン頭が流行ってたし。
いいなあ、と思っていました。

でも、時代の流れっておもしろいもので。
いつの間にか、
癖毛っぽい質感が「あり」になってきたりしてます。

パーマっぽいスタイルが流行ったり、
ラフな髪型がかっこよく見えたり。

あれ、これって別に悪くないのかも、
なんて思える瞬間が出てきたりするんです。
今は髪質に何の不満もありません。
何も変わってないのに。
世の中的なものに影響されたり、
自分の価値観がゆるやかに変わってったりしてるんでしょうね。
意識しないところで。

外から見たら、
もしかしたら「そんなこと?」って
思われることかもしれないことでも、
自分のなかでは大問題。

そういうこと、ありますよね。

心理学に「ジョハリの窓」という考え方があります。
自分/他人軸と、知ってる/知らない軸でマトリクス表を作るやつ。

自分では気づいていない自分。
他人から見えている自分。
自分だけが知っている自分。

そんなふうに、人の見え方って
いくつもの窓に分かれていると言われています。

だから、自分がずっと気にしていたことが、
実は誰も気にしていなかったり。

逆に、
自分では欠点だと思っていたことが、
誰かにとって魅力だったり。

そういうことも、よくあるんだと思います。

ともあれ、自分の内外を問わず、
どうにもならないこと、
それはもしかしたら「いまは」の話で。

時間が経つと、
自分の考え方が変わることもあるし、
世の中の価値観が変わることもあります。

置かれている環境や、
見ている景色が少しずつ変わっていくと、

「あれ、これって別に悪くないのかも」

そんなふうに思える日が、
気がついたらやってくることもあります。

むしろ、いつの間にか
「なんかこれ、わりと好きかも」
なんて思えたりすることも。

モノも、コトも。
そして、心情や感情も、
たぶん同じなんだと思います。

だから今日は、
「どうにかならないかなあ」を
無理にこねくり回さずに
少しだけ横に置いてみて。

美味しいコーヒーでも飲みながら、
一息つく時間を作りましょう。

コーヒーって、
不思議と少しだけ気持ちをゆるやかにしてくれる飲み物です。

焦って答えを出さなくても、
すぐに何かを変えなくても。

「どうにかならないかなあ」
「どうにもならないなあ」

そんなふうに思っていたことが、
時間が経ったある日に、ふと、

「これはこれで、まあいいのかもな」

そんなふうに思える日が来るかもしれません。

ありのままで、
いいことも、
よくないことも。
きっと、たぶん、
それでいいんです。

ではでは、今日もまた、静かな一杯を。

text by Masuda (Silent Field Coffee – Roaster / Director)